剣道 昇段審査 模範解答

剣道昇段審査学科試験(筆記試験)の模範解答例(五段)

剣道五段昇段審査の学科試験(筆記試験)の模範解答例です。

 

年度によって出題の内容が異なりますので、他の段位の模範解答例もご参照下さい。

 

 

1.剣道により養われる諸徳

 

剣道によって養われる諸徳を五つに分けると

 

(1)勇気・・・心身の全能力を発揮するため、自然と勇気が養われる。
(2)礼儀・・・始終礼儀を根本とするため、常に礼儀が正しくなる。
(3)信義と廉恥・・・剣の道を心から学べば、人間の心は正しく無心清浄になる。
 それにより信義と廉恥の心持ちが、自然と養われる。
(4)克己・・・驚懼疑惑を克服しなければ何事にも勝てないから、己に克つ(勝つ)精神が養われる。
(5)忍耐・・・心身を極限まで使うため、自然に忍耐心が強くなる。

 

これらの諸徳は、他のスポーツによっても養成されるが、剣道は特に精神面を重視するため、その効果が著しい。

 

 

2.剣道指導者として指導上の留意点

 

(1)剣道の本質を良く理解して、それに合致した指導をすること。
 被指導者の年齢、能力、技能に応じて、剣道の目的とその精神を十分に把握させること。

 

(2)練習目標を十分に把握させながら指導する。
 例えば「基本の構え」の中で「自然体」の必要なのは何故か、またそれが剣道の諸活動の中で、また他のスポーツ或いは日常生活との関連で、 どのような意味をもつかなどを説明し、剣道を練習することによって、常によりよい自然な体勢を保つ態度、習慣をつくるように指導すれば、被指導者も興味を増し、指導効果も上がるであろう。

 

(3)練習環境の改善をはかること。
 練習環境の改善の基盤をなすものは、何といっても指導者の熱意と態度である。
 指導者は指導目標、指導内容を明確にし、被指導者に適応した指導法を考慮し、系統的、組織的に指導するとともに、技術のためにのみ指導することなく、人的環境条件としての自己の存在を認識し、人格、識見、技能など多方面の自己研鑚を怠らず、被指導者のよりよい協力者、指導者であることに留意しなければならない。

 

(4)保険衛生面に留意すること。
 被指導者の健康によく注意し、無理な活動を要求したため、かえって健康を害し、剣道修業の意欲を失わせることのないよう、健康度、能力、習得程度、気候、その他をよく考慮して、適切な指導をすべきである。

 

(5)施設用具の整備と、その安全管理についても十分配慮して、被指導者の危害防止、事故防止に心がけなければならない。

 

 

3.試合上の心得

 

試合は自己の進境測定の尺度であり、自他の態度、技術を比較し、自分の長所や短所を反省する大事な機会でもあり、精神の鍛練、人格の修養に資する大切な場面である。

 

さて試合をする上における心得として

 

1.礼儀を重んじ試合規則を守る。
2.全気力と全技術を発揮する。
3.常に気剣体の一致を図り、真剣で臨む心構えで正々堂々と戦う。
4.打突後に必ず残心を示し、決して体勢をくずさない。
5.相手の隙を明察して、よく打突の機会をつかむ。
6.常に気を先にかける。
7.相手の長所、短所を早く察知する。
8.試合中、自己審判は絶対にしない。
9.常に平常心で戦う。

 

などであるが、つまるところ剣道修業上の目的と、その精神を正しく認識し把握して、試合に臨むことである。

 

 

4.剣道見学の心得と注目すべき要点

 

剣道の見学は昔から見取り稽古といわれ、剣道修業の一つとして重んじられたものである。
真剣に行われる稽古、或いは試合を見学する場合は、見学者も厳粛な気持ちで規則を守り、服装、姿勢を正しくしなければならない。
見学に際しては、特に次の点に注目し、これを前後左右から観察してその相互関係を知り、自分の動作と比較対照して反省の材料としなければならない。

 

(1)姿 勢
姿勢がのびのびとして、落ち着いて威厳があるか、操作が敏捷円滑であるか、技癖はないか、更に各部分、例えば足の構、踏み方、竹刀の持ち方等、細部に渡って見る。

 

(2)技
打突の速度と正確度、両肘はどうであったか、掌中の作用、残心、気剣体の一致、間合、受け方などをみる。

 

(3)気 勢
気力が充実しているか、注意が全体にゆきわたっているか、驚懼疑惑の念はないか、いずれが常に機先を制しているかなどを見る。

 

 

5.稽古の種類

 

稽古の種類を分類すると、掛かり稽古、互角稽古(地稽古)、総合稽古(地稽古、自由稽古)、試合稽古、引立て稽古、特別稽古の6つに分類される。
また別途に、掛かり稽古、地稽古、(互角、勝負、試合)、引立て稽古、特別稽古の四つに分類する場合もある。

 

1.掛かり稽古

 

自己の身体、気力、技倆の素地を作ることが主目的である。
主として打ち掛かる稽古である。

 

(1)身体の運用を自在にし、手足のさばきを敏捷にする。
(2)打突の技を的確、強力にする。
(3)気息、心臓を健強にし、運動力、耐久力を養う。

 

・留意点
素直な気持ちで、技は大きく、柔らかに正しく、強く速く行い、自ら進んで全身全力を尽くし、十分に打ち込み、姿勢を崩さず、基本の技を連続して行うことである。

 

2.互角稽古(地稽古)

 

技倆、修業の度合いの同じ程度のものが、互いに鍛える目的で行う稽古である。

 

(1)習い覚えた技を出して相手と攻防を競い、できるだけ正しく有効な打突を出すこと。
(2)相手を攻めて、打突の効を奏する自分のを技を、反復研究して、よく慣れ自分のものにする。
(3)不備、不足を反省し、自分の欠点、短所を補うよう工夫をこらす。
(4)常に適法な技の研究に励むこと。

 

・留意点
できるだけ相手を変えて数多く稽古をする。
遠間から自分の得意技を使い、又、一本でも多く新しい技を身につけるよう、正しい理にかなった稽古をすること。

 

3.総合稽古(地稽古、自由稽古)

 

一般に最も多く行われる稽古で、その内容は巾が広く、上、下位者、何れとも自由に稽古ができる。

 

(1)上位者には、自分の技を十分に出して存分に掛り、適法な技の研鑚に励むこと。
(2)互角者には、互角稽古、勝負稽古等、気を抜かず行うこと。
(3)下位者には引立て稽古をさせ、自分の不得意とする技を試す。
(4)目的を定めて、有意義な稽古に励むこと。

 

・留意点
何れの相手にも、気を抜くことなく十分に掛り、初太刀の一本は必ず勝つという心構えで立ち会うこと。

 

4.試合稽古(勝負稽古)

 

一本一本の勝負を競いつつ、勝機を知る目的として、また試合に備えて試合要領に準じて行う稽古である。

 

(1)一本勝負と考え、全能力を結集して行う。
(2)得意技を出して成果を上げる。
(3)少しも油断なく、防衛を堅固にして戦う。
(4)試合に臨む強力な自信と度胸を養うこと。

 

・留意点
相手を嫌わず、苦手の者など、多くの変わった相手を選び、稽古であるという考えを捨てて試合と同様の気持ちで存分に思慮、分別を働かせて行うこと。

 

5.引立て稽古

 

初心者や下位者に打突の方法、正しい基礎を教導する稽古である。

 

(1)初心者を教導し、剣道の正しい基礎を確立する。
(2)悪癖を矯正し、長所を引出し、早く上達させる。
(3)長所短所を発見させ、一段と高度の技を出させる。

 

・留意点
正しい理にかなった打突をさせ、手応えの喜びを味わせる。

 

6.特別稽古

 

寒稽古、暑中稽古等で特別に寒い時、または土用の暑い時を選んで行う稽古である。

 

(1)寒暑の困苦を積極的に克服し、克己心、忍耐力を養う。
(2)特別な時期であるので、適切な計画、万全の準備をすること。

 

・留意点
寒暑にめげず目的の達成に励み、特に衛生に注意して、健康を害せぬようにすべきである。

 

 

6.平常心

 

平常心とは、平常の心、すなわち人間本来の心の状態をいうのである。
人は事に臨んで心が動ずるもので、平素の心でこれに処することは、困難なことである。
剣道は、対人動作で自己の働きだけのものでなく、相手の動きによって自己の動きが決定されるのであるから、技術的には極めて複雑なものである。
剣道では、平常の心を保つことができるよう、平素の鍛錬等を通じて心がけることが肝要である。

 

 

7.気位

 

気位とは、自身から生ずる気品、威厳である。
技術が円熟し、精神が鍛錬された結果、自然に備わるものである。
竹刀を構え合わせた時、驚懼疑惑の念を生じて恐れ縮こまり、戦わないうちに負けた気持ちになるのは、相手の気位に押されて位負けした結果である。
このような気位を故意に真似ようとしても、技術、精神が円熟していない限りかえって隙を生じて打込まれる事になり、見苦しい結果になる。
技術の進歩、精神の鍛錬の度合いは、自然と気位に現れるので、一朝一夕に備わるものではない。
なお自信と慢心(或いは自負心)とは大に違うもので、慢心は剣道で最も戒しむべきものである。

 

 

8.手の内

 

剣道で手の内というのは

 

(1)柄を持つ左右の手の持ち方。
(2)力の入れ方。
(3)打突の際の両手の緊張の状態と釣合い。
(4)打突後の両手の解緊の状態。

 

これらを総合にしたものである。

 

(1)持ち方
 左手は柄頭から小指が出ないように持ち、右手は鍔にふれない程度に一ぱいに持ち、左右両手とも拇指と小指と薬指とで握る。
 肘は伸び過ぎず、両腕の各関節を柔らかくして軽く柄を握り、濡れ手拭を絞る心持で両手首を絞り入れ、左右の親指と人差し指の割れ目が、竹刀の弦と一直線になるようにする。
 古道歌にも、「右をさき、左をあとにやんわりと手拭を絞る心にて持て」とある。

 

(2)力の入れ方
 両手の小指は普通に握りしめ、薬指、中指の順に力をゆるめて握る。
 剣先を揚げないようにするため、拇指で軽く押さえる。
 手の内は鶏卵を握るような心持で、軽く柄を握る事が大切である。
 右手に力が入り過ぎず肩や腕に力を入れないようにする。
 左手六分、右手四分の割合に力を入れる(右手は副え手といわれる位に力を抜く)。

 

(3)両手の緊張と解緊
 打突した際は、両手の手の内に均等に力を入れ、左右いずれにも偏しないようにすれば、釣り合いが取れて正しい打突ができる。
 打突のときは両手の手首を中心線に動かして、内側に濡れ手拭を絞る要領で絞り、十分伸筋を動かす。
 打突後は直ちに緊張を緩めて元に戻し、次の打突が容易にできるよう、準備をすることが大切である。

 

 

9.事理一致(技理一致)

 

字句の解釈では、事とは「事実」である。剣道においては技であり、動作であり形である。
すならち(手、足、剣)の働きである。また、理とは「理論」であり、「筋道」である。
剣道では気であり理合である。即ち心(精神)の働きである。
剣道は事理一致の修行であるといわれる。
理合いと動作、心と技の一致した剣道、すなわち無理のない理にかなった、正しい心技一体の剣道の修練が必要である。
剣道でいう技とは、大、強、速、軽の活動(動作)である。
この技だけが如何に上達しても気や理合等、体内対外における精神的な活動が働かなければ心技一体の活動ができず、心技に隙(虚)を生じ、相手に打たれる。

 

理合や気ばかり如何に精進されても、技が伴わなければ、動作に隙が生じて相手に打たれる。
故に剣道では、、心技一致とか、事理一致(技理一致)というように、何れも精神的活動(心、気、理)と剣体の活動(技、手足の動作)が、常に一体として修練されるべきである。
また、事と理は、車の両輪、鳥の両翼の如きもので何れも共に平均して備わって始めて、そのものの円滑な働きができるのと同様に事理が並行した修練の蓄積が、要求されるのである。
剣道の進歩の面から見ても、事理並行して修練する事が、最も上達が早い事になるのである。

 

 

10.守、破、離

 

字句の解釈では、守とは「みはる、番をする」「そむかずに従う」とあり、破とは「こわす、やぶく」「敗かす」とあり、離とは「分かれる、遠ざかる」「縁がきれる」とある。剣道においては、修業の段階を示したもので、守とは初歩の段階を言い、破とは初歩の段階を踏破して、前進することを言い、離とは破の段階を越えて、一流一派をあみ出すまでに精進することを言うのである。

 

1.守
剣道の修業がある程度に上達するまでには、師の教えを忠実に守り、稽古に励み、剣理や技を修業し、決して他流を学ばないことを言うのである。

 

2.破
剣道の修行を積み、今まで学んだ流派の教えを自分のものにし、更に進んで他の流儀を学び、その長所を取り入れて「守」の段階では得られなかった新しい分野を開拓して、より一層強力なものとすることである。

 

3.離
苦心研究し「破」の段階を越えて、遂に独自の境地を見出し、自己の流派をあみ出して、一流をたてることである。すなわち剣の奥義を極めることである。

 

この守、破、離の教えは、剣道のみにとどまらず、人生における生き方においても同じことが言い得る。

 

 

11.放心

 

字句の解釈によると「うっかりしている」「良心を失った悪い心」など心が放出されて無くなるという意味であるが、剣道における放心とは、古語にいう「放心を求む」の心をいうのである。
すなわち、心を放したままに置かずその行き先を求めて、引き戻すべきである。
心を捕らえたままでは、つながれた猫のようなもので、ねずみが出てきても捕らえることができないのと同様で、心は何時も自由にして、行きたい所に行かしておけば、常に注意が全身にいき渡り、どんな時にも必要に応じてあらわれ、適当に用を足すものであるから、放っておかなければならない。
すなわちこの放心でなければならない。
剣道においては、心を常に拘束せず、自由にして置いて、必要が生ずれば直ちにそこにあらわれて、電光石火の働きをさせるべきである。

 

 

12.止心

 

字句の解釈では「心を止める」また「心が止まる」「とらわれの心」と解する。
すなわち、ある一事一物に注意が奪われ、他の必要な事柄に、注意することができないのをいう。
剣道において、相手より打ってくる太刀に心を取られ、その太刀を受けようか、また外そうか等、それのみに心を取られ、自分の技は出ず、先を相手に取られて打たれるのである。
一つのことに注意を向けると、心がそれに捉らわれ、他の事が分からなくなるという教えである。
故に剣道においては、止心を戒め万事に応待して、滞るところのない放心の心を教えている。

 

 

13.刀剣を拝見する際における心得

 

(1)日本刀はいうまでもなく、戦斗用の武器として製造されたものである。
しかし今日では、武器としての生命はすでに尽きたが、なお用い方によっては凶器としての実質的なものを完全に備えている。

 

(2)今日において日本刀は美術品としてのみ取り扱われており、美術的価値のある刀剣は国家の法律によって登録され、正式に所有し研究し鑑賞する事ができる。

 

(3)刀剣を鑑賞し拝見する場合には両方の立場がある。

 

(イ)刀を人に見せる場合、座敷などに持ち出す場合は、必ず拵えがついている場合も白鞘入りの場合も、袋に入れておくことが肝要である。
 これはどんなことがあっても、不用意に鞘走ることなどを防ぐためであり、さらに柄頭を上にして、右手に下げて出入りすることが礼儀である。
 相手に見せる場合は、相手方に切先を向けたり刃を突きつけるようなことがあってはならない。
 鞘を払う場合は、刃を上にして鞘に刃の峰(棟)を当てながら抜き、刃を自分の方にむけ柄頭の方から相手に渡すのがよい。

 

(ロ)受取る方は、しっかりと柄を握って受取り、相手方に切先を向けぬよう横を向き、一礼して拝見する。
 この際、なるべく「ふくさ」を使用することが望ましい。
 汚れた手や、汚れたハンカチなどで握ると、柄を汚したり、汚くする恐れがある。

 

(ハ)刀を見る際は、必ず立てて姿を見る。このとき横にすることは慎んだ方がよい。
 更に柄を握って振って調子を見るなどということは、絶対に慎むべきである。
 姿を見た後、灯りにすかして刃文や鋩(帽)子を観察し、表から裏へと見て行くのがよい。
 この際も、相手方にできるだけ切先を向けないよう注意すべきである。
 電灯などの関係でどうしても剣先を相手に向くような場合は「失礼します」と挨拶すべきである。
 次は、刃を横にして手もとに引き付け、地がねを観察する。
 焼刃をすかして見る場合も手元に引き付け、地がねを見る場合も左手に「ふくさ」を用い、それに軽くのせて見るべきであり、袖や刀の鞘の上などにのせて見るようなことがあってはならない。
 「ふくさ」の代わりに拭紙を用いる場合には、むやみに「ふくさ」や拭紙で刀身をぬぐってはならない。
 拝見の際の「ふくさ」や拭紙は、単なる刀身を支えるためのもので、擦ったり拭ったりするためのものではない。

 

(ニ)鞘のまま出された場合は、鞘から刀を抜く場合と納める場合が最も大切である。
 抜く際は左手で鞘を下から持ち上げるように持ち、右手で柄を上から握り、刃の方を上に向けて静かに鯉口をきり、ゆっくりとガタつかせぬように抜くのがよい。
 すらりと抜くことは一般愛好家が極めて嫌うものである。
 刀を鞘に納める場合も手の持ち方は同様であり、静かにがたつかせぬように、ゆっくりと納めるのがよい。
 この抜く、納めるの両方の場合とも、刀身を平にして抜いたり納めたりすること、また中途まで抜いて眺めたりすること、更には鞘を左手で上から握ることは厳に戒めねばならない。
 そして如何なる美術刀剣でも「切ろうとすれば切れる」ものであるということを常に頭に止めて、危険のないように注意を要する。

 

(ホ)昔は、刀を拝見するときは、口に含紙をして拝見したものである。
 今日ではそうした必要はないが、なぜ含紙をするかということを知っていなければならぬ。
 これはいうまでもなく「唾」がとんだり、息がかかったりして、万が一錆が生ずることを恐れたためである。
 したがって刀を拝見する場合は、物を言わぬことであり、もし必要な場合は唾や息のかからぬように注意すべきである。

 

(ヘ)茎(刀の柄の部分)を拝見する場合は、必ず相手方に「茎を拝見させていただきます」と断って、許可を得て柄を外すものである。
 柄の外し方は、先ず目釘を抜き、柄のはしの方を左手で握り、刃を上方に向け肩にかつぐような格好に持ち、右の拳で左手の拳の上から「トン」と軽くたたく。
 それでも抜けないような場合は、更に力を入れて打つ。
 それでもどうしても抜けない場合は、柄口に「あて木」をあて、木槌でたたいて抜くのがよい。
 この際、直に柄口をたたくことは禁物であり、金槌などでたたくことは慎まなければならない。
 そして茎の形を見て、鑢目を見て、銘を鑑賞するのである。
 この際、特に意見を求められた場合は別として、軽々しく銘の真偽などを口にすべきでない。
 ただ「結構な茎である」とか「よい銘である」などの見解をのべることは失礼にはならない。
 茎を見終わったときは静かに柄を納め、更に柄の尻(柄頭)を右の手の平で「ポン」と軽くたたき目釘を入れて、ありがとうと礼をのべるのが常識である。
 刀を相手方に返す場合は、自分が受取った場合の反対というか、自分が相手方にされた通りの作法で、相手方に返せばよい。

 

(4)人間は、とかく知ったかぶりをしたいもので、刀を拝見する際に限らず、この知ったかぶりは最も禁物である。

 

(5)静かに礼儀正しく正座して取り扱うこと。
 相手に恐怖感や危惧の念を与えないようにすることが、結局は刀を扱う場合の作法である。

 

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